高齢者の根面のう蝕発生メカニズムを解明する

高齢者に多発している根面う蝕は、口腔に露出している部分のみに発生し、歯周ポケットの中は発生しないものと考えられて来ました。そこで、本プロジェクトでは臨床サンプルを用いて、根面う蝕の発生部位や原因となる細菌を特定する予定です。これにより、新たな根面う蝕の予防方法の開発につなげていきます。

野杁 由一郎(のいり・ゆういちろう)
新潟大学医歯学総合研究科 口腔健康科学講座う蝕学分野 教授

略 歴:
1989年 徳島大学歯学部 卒業
1989年 徳島大学歯学部附属病院助手 保存科
1997年 大阪大学歯学部助手 歯科保存学講座
1998年 大阪大学博士(歯学)
2008年 大阪大学歯学部附属病院講師 保存科
2012年 大阪大学大学院歯学研究科准教授 
2016年 新潟大学大学院医歯学総合研究科
      口腔健康科学講座う蝕学分野教授
学会活動等:
日本歯科保存学会(理事、指導医、専門医)、国際歯科医学会研究会(IADR)
日本部会(JADR)、日本バイオフィルム学会(評議員)、日本歯内療法学会、日本歯周病学会、日本細菌学会、厚生労働省臨床修練指導歯科医など

超高齢社会となり、高齢者の根面う蝕問題が歯科界の緊急の懸案事項として問題視されている。う蝕が、感染症と生活習慣病の両面を有し、その主因は先生方ご存知の通りデンタルバイオフィルム(DB)である。DBはその形成部位により右図のように分類される。そして、根面う蝕は、下図の如く定義されている(日本歯科保存学会 編)。

根面の露出という現象は、エイジングによる骨吸収や歯周炎に伴う歯槽骨の吸収に伴って生じ、特に歯周病に伴う骨吸収は、その吸収量の大きさより根面う蝕への寄与が大きいと考えられる。

う蝕と歯周病は、一見何の繋がりも無さそうであるが、DBが主因であるという接点があり、歯肉縁下の歯根付着性DBが、歯頚部の歯肉縁上DBと類似した細菌叢になれば、う蝕原性が強くなったり、細菌叢にう蝕関連細菌種を大量に含めば、根面う蝕に関与する可能性も十分にあり得る。

もしも、定義自体に齟齬があれば、根面う蝕に対する制御戦略、特に診査・診断法と予防戦略については、抜本的な見直しが必要となるのではないだろうか。

そこで、我々のグループは、ヒトの重度歯周炎罹患抜去歯を用いて、根面う蝕の発生状況を組織学的あるいは分子生物学的手法などで検索すると共に、歯根付着性バイオフィルム中の根面う蝕関連細菌群を同定し、リスク診断法を確立できないかと、本実験計画を立案した。

ACFF研究助成プロジェクトの本報告会では、今回は想起した実験計画の背景と成果の一部についてお話する予定である。

研究成果

新潟大学大学院医歯学総合研究科 口腔健康科学講座 う蝕学分野
竹中彰治、野杁由一郎

概要

 8020達成者が50%を超え2)、咬合機能の維持が達成されつつある一方で、高齢者の根面う蝕への対応が課題となっています。根面う蝕の最新の疫学調査では、有病率は全体の49.3%、30歳代から年齢が高くなるにつれ増加し、80歳代が最も高い(70%)ことが報告されています3)
 現在の根面う蝕の定義は、歯根の露出が前提であり、う蝕原性細菌が原因菌であるとされています(表1)。
 しかし、口腔内を観察すると、歯肉縁上に存在するもの(歯肉縁上型)と歯肉縁上から歯肉縁下に進展したもの(歯肉縁越境型)が存在します。また、稀に歯肉縁下にう蝕病変を観察する(歯肉縁下型)ことがあります(図1)。さらに、スケーリング・ルートプレーニングにより、セメント質の剥離が起こった場合には、象牙細管へ細菌の侵入が起こると考えられます。これらの病巣内に存在する細菌が同一であるとは考えにくいと思われます。

露出した根面に、ミュータンス連鎖球菌、乳酸桿菌、Actinomyces viscosusを主体としたう蝕原性細菌が集積し有機酸の産生が始まる。
慢性う蝕の一形態であり、歯肉が退縮している高齢者に多発する。慢性う蝕として経過するため、疼痛を伴わない場合が多く、黒褐色を呈することが多い2)
歯肉退縮により露出した歯根面に発生するう蝕。通常はセメント質の表層から脱灰と基質の崩壊が始まる。歯根面はエナメル質よりも耐酸性が低く、露出歯根面はう蝕になりやすい3)
表1 現在の根面う蝕の定義
図1 根面う蝕の存在部位
図2 歯肉縁越境型根面う蝕は歯肉溝滲出液の
クリアランスを受ける

  私たちは、根面う蝕発生メカニズムの再検証の手始めとして、重度歯周炎罹患抜去歯かつ根面う蝕併発歯のう蝕病巣部を低速スチールバーで採集し、存在部位別(歯肉縁上型と歯肉縁越境型)に細菌叢解析を行いました。その結果、歯肉縁上型は優占種(Streptococcus属)が存在しており、細菌種の割合が均等でないことがわかりました。一方、歯肉縁越境型は、歯肉縁上型より多くの細菌種が存在し、被験者ごとにバリエーションに富んだ細菌叢でした。歯肉縁上型に特徴的な細菌は、Streptococcus属、Scardovia属、Veillonella属、Bifidobacterium属、Rhthia属などのグラム陽性菌でした。歯肉縁越境型に特徴的な細菌は、Porphyromonas属、Selenomonas属、Filifactor属、Peptococcus属、Tannerella属などの歯周病原細菌でした。
 根面う蝕病巣中から、歯周病原細菌が多く検出された理由としては、唾液の流れに絶えず晒されることや歯肉溝滲出液の存在が、バイオフィルムの酸性環境を緩和し、歯肉溝滲出液から供給される種々のタンパク、アミノ酸、ペプチドを利用する歯周病原細菌が増加した可能性が考えられます(図2)。今後、構成細菌の異なるバイオフィルムが、根面う蝕の進行に与える影響について解析を行なっていきます。
 本研究により、活動性根面う蝕病変の細菌叢は存在部位により異なり、これまでの報告よりもっと複雑なコミュニティーを形成していることが明らかとなりました。表在性の活動性根面う蝕は、明確な色調変化がなく、視診では容易に認識できません。歯根表面の粗造感や自然着色によって初めて気づくことが多く、根面う蝕がどこから発生し、どのように広がっていくかは再検証の余地があります。根面う蝕の発生メカニズムの解明に向けて研究を続けていきます。

参考文献
1)Takenaka S, Edanami N, Komatsu Y, Nagata R, Naksagoon T, Sotozono M, Ida T, Noiri Y. Periodontal pathogens inhabit root caries lesions extending beyond the gingival margin: A Next-generation sequencing analysis. Microorganisms 9: 2349, 2021.
2)厚生労働省. 平成28年歯科疾患実態調査結果の概要. https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/62-28-02.pdf(令和3年12月7日閲覧)
3)小峰陽比古ほか. 根面う蝕重症度と歯周病重症度の関連性調査研究. 第147回日本歯科保存学会秋季学術大会, 2017. https://www.sunstar.com/jp/newsroom/news/20171031105508/ (令和3年12月7日閲覧)
4)日本歯科保存学会. 保存修復学専門用語集 第2版. 医歯薬出版, 2017.
5)日本歯周病学会. 歯周病学専門用語集 第3版.

※本研究はACFF日本支部が助成いたしました。