理想的なオーラルフローラとは何か
口腔の細菌叢(オーラルフローラ)の研究は、加速度的に進んでいます。細菌学的な研究において、突き止めなければならないことは、健康なヒトが本来有するオーラルフローラとは何かということです。本プロジェクトでは、先端的な遺伝子解析技術を用いて、ヒトのあるべきオーラルフローラを探求します。その結果、う蝕予防・治療の目指すべき方向が明らかになる、礎となる研究です。
花田 信弘(はなだ・のぶひろ) 鶴見大学歯学部 名誉教授
略 歴: 1981年 九州歯科大学歯学部 卒業 1985年 九州歯科大学大学院歯学研究科 修了 1985年 九州歯科大学歯学部助手 口腔衛生学講座 1987年 米国ノースウェスタン大学医学部博士研究員 1990年 岩手医科大学歯学部助教授 口腔衛生学講座 1993年 国立予防衛生研究所部長 口腔科学部 1997年 国立感染症研究所部長 口腔科学部 2000年 九州大学大学院教授 歯学研究院口腔保健開発学連携講座 2002年 国立保健医療科学院部長 口腔保健部 2008年 鶴見大学歯学部教授 探索歯学講座 現在に至る 学会活動等: 日本歯科保存学会(理事、指導医、専門医)、国際歯科医学会研究会(IADR) 日本部会(JADR)、日本バイオフィルム学会(評議員)、日本歯内療法学会、日本歯周病学会、日本細菌学会、厚生労働省臨床修練指導歯科医など
100歳まで生きるのが当たり前の時代を迎え、80歳まで20本の歯を維持する8020運動では目標が低すぎるようになった。そこで生涯にわたって喪失歯をつくらない生涯28(にいはち)の達成が提唱された(日本口腔衛生学会政策声明2018.5.18)。歯の喪失の主な原因はう蝕と歯周病であり、それぞれ病原細菌が特定されている。生涯28を達成するためには、う蝕と歯周病の原因となる病原細菌の感染を防止し、感染しても除菌できる技術の開発をする必要がある。
近年の研究でう蝕の病原菌であるS. mutansの一部が脳血管性の認知症と関連していることが明らかにされた。さらに歯周病の原因菌であるP. gingivalisがアルツハイマー型認知症に関連することも明らかになっている。この2つの病原菌の感染制御は認知症を防ぐためにも重要である。
同時に、病原細菌を迎え撃つオーラルフローラ(マイクロバイオーム)の解明も必要である。ヒトのオーラルフローラは500~700種類、総数100億個にも及ぶ口腔細菌によって構成されている。これらが口腔に侵入する病原体を迎え撃つことによって私たちの健康が維持されていると考えられる。私たちは、100歳長寿者のオーラルフローラを解析し、100歳長寿者にはフゾバクテリウム属が少なく(0.50%)、レンサ球菌属やベイヨネラ属が非常に多いことを見出した。また、う蝕と歯周病の病原体の除菌のために開発された3DS(dental drug delivery system)を実施すると実施前は全体の7.47%を占めていたフゾバクテリウムが3DS後は1.71%に低下した。
今後は、ヒトのオーラルフローラにおける細菌数の適正なバランス、つまり理想的なオーラルフローラとは何かについて報告できるようにしたいと考えている。この研究によって口腔ケアの到達地点が科学的に明らかになるだろう。